中小企業診断士のポートフォリオ

主に投資、企業分析に関するブログ

内需&ディフェンシブ銘柄の代表格『JR東日本』

JR東日本東日本旅客鉄道株式会社)は2002年に国鉄から分割民営化され、関東地方、東北地方、中部地方の一部という幅広いエリアをカバーしています。2022年度の売上高は2兆4,055億円であり、日本最大の鉄道会社です。典型的な内需株であり、特に地方における人口減少が逆風ですが、首都圏にドル箱路線を擁し、立地の良さも活かしながら、流通業や不動産業など事業の多角化によって成長を保っています。

JR各社の売上高(2023年度第三四半期まで)

JR各社の売上高(2023年度第三四半期まで)

売上高ではJR東日本がトップですが、利益面では新幹線がモノを言い、JR東海がトップです。ただ、新幹線への依存度が高く、稼いだ利益の多くがリニアへの投資に回されています。JR西日本日本旅行連結子会社とし、JR九州は建築事業まで手を広げるなど、各社それぞれのやり方で事業の多角化を進めています。JR北海道は営業赤字が続いているため投資対象としては厳しく、JR四国はそもそも上場していません。

JR各社の利益(2023年度第三四半期まで)

JR各社の利益(2023年度第三四半期まで)

JR東日本の事業内容

運輸事業が売上高全体の67%を占めますが、飲食業、小売業、卸売業、物流事業、広告代理業、ショッピングセンター運営事業、オフィスビル等貸付業、ホテル業などが幅広く成長しています。「モビリティ:生活ソリューション=5:5」を目標に掲げ、従来の鉄道会社の枠を超えようとしているのです。

JR東日本の売上高の内訳(2022年度)

JR東日本の売上高の内訳(2022年度)

JR東日本の主力事業で、駅数は1,629駅営業キロは7,302キロ(在来線:6,108キロ、新幹線:1,194キロ)、年間輸送人員は65億人です。私鉄大手の東京メトロの年間輸送人員は20億人、東急電鉄は10億人、小田急電鉄は7億人ですから、JR東日本の事業規模がいかに大きいかがわかります。伝統的な事業ですが、オフピーク定期券やドライバレス運転などの新たな取り組みにも積極的にも挑戦しています。

  • 流通・サービス事業

駅という最強の顧客接点を活用したエキナカ開発に力を入れ、「KIOSK」や「New Days」などの売店を900店舗、そば、カフェ、カレー、おにぎり、ラーメン、ベーカリーの6業態を中心に飲食店は350店舗を展開しています。行政機関や金融機関との連携、シェアオフィス、荷物預かりロッカー、クリニックの設置など、駅の機能拡充を進めています。駅構内だけでなく、JRE POINT」会員数は1,379万人に達し、Eコマース事業にも積極的です。日々1,200万人がJR東日本の駅を利用するため広告事業、張り巡らされた鉄道網は物流事業と親和性が高く、事業領域は広範囲に及びます。

  • 不動産・ホテル事業

駅近という利便性をフルに活かし、「ルミネ」や「アトレ」などのショッピングセンターを190か所オフィスビルを47棟ホテルを58館賃貸住宅を3,000戸展開しています。不動産の開発と売却という回転型ビジネスにも力を入れており、近年は新宿や高輪において観光、文化、省エネ、仮想空間、次世代モビリティなどをテーマに駅周辺の価値向上を目指した大規規模プロジェクトが進行中です。

  • その他

発行枚数9,564万枚の「Suica楽天銀行のBaaSを使った「JRE BANK」による決済・金融ビジネス、広大なスペースに太陽光パネルを敷設した再生可能エネルギー事業、東南アジアの鉄道事業者への技術支援等を行っています。

JR東日本の事業ごとの利益推移

JR東日本の事業ごとの利益推移

新型コロナウイルス感染症の影響がない2018年度、運輸事業の利益率は16.1%、流通・サービス事業の利益率は6.7%、不動産・ホテル事業の利益率は22.0%でしたが、パンデミック運輸事業の業績が大幅に悪化しました。テレワークの浸透もあって特に定期収入が戻らず鉄道事業の不振が長引き、2023年後半になっても運輸収入はコロナ前比で90%の水準にとどまっていますが、不動産・ホテル事業と流通・サービス事業が比較的早期に回復して全体の業績を何とか支えています。

JR東日本の業績推移

長期投資は10年単位で考えるため、過去の業績もそれなりに遡って確認する必要があります。民営化後、JR東日本多角化と合理化によって売上高と営業利益を着実に伸ばし、ピーク時の売上高は3兆円超、営業利益率は15%近くに達しています。ディフェンシブ銘柄らしくリーマンショックでも大きなダメージを受けませんでしたが、コロナショックでは6,000億円近い赤字を計上しました。固定費が大きいビジネスのため、売上高の減少が利益面にも大きく響きます。東京電力原発事故のような致命傷ではないものの、ディフェンシブ銘柄でも分散投資が重要であることを痛感する事例です。

JR東日本の業績推移

JR東日本の業績推移

東北地方では2015年比で2040年までに3割近くの人口減少東京圏においても2025年以降は緩やかな人口減少が予測されています。コロナ禍は収まりつつありますが、働き方の変化やインターネット社会の進展が加速しており、鉄道移動の需要減少への対応は急務です。

JR東日本は自社が有する駅や鉄道、人流データや決済データといった豊富な経営資源をさらに有効活用できるよう、外部との連携を拡大しています。例えば、日本郵政地方自治体と協定を結んで物流や地域コミュニティにおける駅の拠点化を進めたり、インターネット予約サイト「えきねっと」をANAの「空港アクセスナビ」と、「Suica」はNTTドコモの「d払い」と連携させたりしています。他社のリソースと相互に乗り入れることで、顧客のあらゆるニーズに応える多様なサービスをワンストップで提供することを目指しているのです。快適な街と暮らしを総合的にデザインし、インバウンド需要の取り込みや地方創生にもつなげようとしています。

JR東日本キャッシュフロー

「利益は意見、現金は事実」と言われるとおり、実際の現金の出入りを示すキャッシュフローは企業の経営状態を把握するうえで重要です。大企業であれば目先の資金繰りに窮することは考えにくく、事業の維持拡大にどの程度の投資を必要としているのか、損益計算書からは見えにくい投資キャッシュフローが特に重要な情報になります。営業キャッシュフローを稼いだとしても、実際に株主に還元できるのは投資キャッシュフローを差し引いたフリーキャッシュフローだからです。

JR東日本のキャッシュフローの推移

JR東日本キャッシュフローの推移

新型コロナ前のキャッシュフローは極めて安定しています。固定資産の取得のため年間6,000億円近い投資キャッシュフローを支出する一方、7,000億円近い営業キャッシュフローを稼ぎ、毎年きっちりとフリーキャッシュフローを創出していました。コロナ禍で収支が急速に悪化し、1兆円近い借入を行いましたが、業績は徐々に回復しており、2022年度は何とかフリーキャッシュフローがプラスに転じました。

2023年度から2027年度まで、JR東日本3.8兆円の営業キャッシュフローと3.9兆円の投資キャッシュフロー(設備更新投資:1.9兆円、成長投資とイノベーション投資:2兆円)を見込んでいます。不動産事業への成長投資を進めており、莫大な資金が必要なのです。鉄道事業のオペレーションコストの削減設備更新投資における選択と集中は不可避であり、前者については輸送ダイヤ見直し、ワンマン運転拡大、メンテナンスの効率化で2027年度には2019年度比で1,000億円を削減できる目途が立ち、2022年度末時点でそのうち740億円の削減を実現しました。後者については、2022年度は648億円の営業赤字を垂れ流した地方の不採算路線からの撤退が有効と考えられますが、地方自治体との調整には時間がかかりそうです。

JR東日本の株主還元

最終的に株主にとって大切なのは、株価上昇によるキャピタルゲインと、配当によるインカムゲインがどれだけ得られるかです。株価は基本的にはEPS(一株当たり利益)と連動し、分子である企業としての利益や配当総額が増えていなくても、分母である株式発行数を自社株買いによって減らすことで、EPSと配当は増やせます。

JR東日本の株価の推移

JR東日本の株価の推移

景気変動の影響を受けにくいディフェンシブ銘柄の一つですが、2008年から2011年、2015年から2020年にかけて株価が半値になっています。近年は相対的に景気変動の影響を受けやすい不動産事業や流通事業の割合も高まっており、株価の下落耐性というよりは、中長期的な底堅さと安定成長に期待すべき銘柄と考えられます。

JR東日本のEPSと配当の推移

JR東日本のEPSと配当の推移

キャッシュの流出を伴わない減価償却費の影響が大きく、営業キャッシュフローに比べるとEPSは変動しやすくなっています。特に東日本大震災が発生した2010年度は570億円もの災害損失引当金繰入額を計上し、EPSが落ち込みました。一方で業績好調時には積極的な自社株買いを実施し、2003年度から2018年度にかけてEPSを2.5倍に成長させるなど、売上高や営業キャッシュフローの成長率を大きく上回っています。コロナ禍でも減配を最小限度(160円→100円)にとどめるなど株主還元には積極的です。配当性向は30%を目安としており、業績がコロナ前の水準に戻るだけでも、現在の倍くらいの配当は期待できます。2024年2月時点では配当利回りが1%台前半で、成熟企業であることを考えると、増配してもらわないと割に合わないところです。

JR東日本の株主還元のバランス

JR東日本の株主還元のバランス

直近10年間のキャッシュフローと株主還元のバランスを見ると、コロナ禍の業績低迷が足を引っ張り、フリーキャッシュフローはマイナスです。2013年度から2019年度まで積極的に実施していた自社株買いも2020年度からは実施していません。債務も膨らんでおり、しばらくはフリーキャッシュフローに余裕がない状態が続きそうですので、増配はともかく、本格的な自社株買いの再開には時間がかかりそうです。

JR東日本の財務基盤

インフラ企業らしく、有形固定資産の割合が極めて大きいです。土地だけでも2兆円、固定資産全体(純額)では7兆7,500億円にも達しています。

JR東日本のバランスシート(2022年度)

JR東日本のバランスシート(2022年度)

民営化後、自己資本比率も年々改善していましたが、コロナ禍の固定費を賄うために長期債務が急増し、財務状態が悪化しました。自己資本比率は30%を下回り、社債と長期借入金の合計は4兆円を超えています。年間の営業キャッシュフローが7,000億円程度ですから、実物資産を抱え、安定的な収入を見込みやすいインフラ企業であることを考慮しても、やや過大かもしれません。成長投資と株主還元に加え、債務返済のためのキャッシュも稼いでいく必要があります。

JR東日本の財務状態の推移

JR東日本の財務状態の推移

まとめ

JR東日本は日本を代表するインフラ企業であり、人口減少や生活様式の変化という構造的な問題、多数の不採算路線、相当な債務という重荷を抱えていますが、事業の多角化と合理化、外部連携を進めることで着実な進化を遂げてきました。豊富な顧客接点と経営資源を活かすことで、今後も一定の成長が期待できると考えています。有望な個別銘柄を探していると製造業、輸出産業への投資が多くなりがちですので、分散投資の観点からも役に立つ銘柄ではないでしょうか。

JR東日本

JR東日本

※筆者はJR東日本の株式を100株保有しています。

※データは特に記載がなければJR東日本のホームページから取得していますが、見解は筆者によるものです。あくまで参考程度にしてください。